Kingdom Abundance 2 – Paying Caesar, Paying God – Bill Johnson
同時通訳:相馬伸子

ルカ10:10〜13、2コリント9:8、10。マタイ23:23
神の国の「繁栄、豊かさ」の話をするときに、私は物質的に豊かなことが、神の祝福を現し、それが霊的に優れている証拠ですと言うことが間違っているのと同じ位、貧しいことがあなたの霊的に優れている証拠だと言う教えも間違っていると思っています。

「寛大」に与えることは私達や、教会は成長してよくやってきましたが、「管理すること」はどうでしょう。
2コリントの9:10では「蒔く種」と「食べるパン」の違いが書かれています。種を食べてしまう事は愚かであるのと同じ様に、私達が食べる、消費する為に神様が与えてくれたパンを蒔いてしまう事も愚かです。食べるパンは「どの様に管理するのか」と言うことになると思います。

私は妻に上等なバックをプレゼントして、彼女がレストランに一緒に行くときにそれを持って行く事を嬉しく思いますし、それは神様の素晴らしさを現す事です。

「十一献金」の話をしますが、これは「アブラハム」から始まったことで、モーセの律法から始まったことではありません。そして、旧約時代が終わり、私達は律法の下にいないのだから、「十一献金もしなくても良い」とことではないのです。モーセの律法は「おこないによって神の義をなす」ことを要求しました、そしてそれはイエス様が全てなしてくださったことです。律法の下にあるのではないからといって、「殺人」や「姦淫」を犯して良い訳ではないのはわかると思いますが、十一献金も霊的な「原則」の一部です。

パリサイ人がイエスに「カイザルに税金を払うことは正しいのですか」と聞いてきたときに、「神のものは神に返し、カイザルもものはカイザルに返しなさい」と答えられました。
十一献金は、全てが神のものでありながらも、私達が「家賃」の様にして「支払う」ものとして私は考えます。そして、それは「私のものではないもの、他人のもの」をよく取り扱うことの練習でもあります。良い管理人になると言うこと、またその後からは「豊かに与える寛大さ」を用いることができるのです。

2コリント9:8では「神はあなた方を常に全ての事に満ち足りて、全ての良いわざにあふれるものとするために、あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることのできる方です 」
私は「全ての良いわざにあふれる」、与えることのできる側になる事を願っています。

日本語音声:

http://www.onfirejapan.com/mp3/2017-8-4_Kingdom_Abundance_2_Paying Caesar.mp3

英語動画(要登録):http://www.bethel.tv/watch/4677/kingdom-abundance-2-paying-caesar-paying-god-sunday-am/2017/04/30
英語音声:http://podcasts.ibethel.org/en/podcasts/kingdom-abundance-2-paying-caesar-paying-god