Kingdom Abundance – True Lordship – Bill Johnson
同時通訳:相馬伸子

3ヨハネ2 、2コリ9:8、マタイ19:16~20:16

御国の豊かさを話す時に、2コリ9:8節からの「全てののことに」「「常に」「あらゆる」と、これは「全て」ということだと思いますが、私の非常に好む箇所です。
また、3ヨハネ2では「~あなた方がたましいに幸いを得ているように、全ての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります」とありますが(英語では 幸いが「繁栄」)私達は「心」が繁栄している時に、それはイエスが主であることですが、「霊」や「体」や「関係」や「経済」など、全ての点が「繁栄」することにつながっていることです。

御国の豊かさを話す時に、「お金」がその意味のように使われることは目的ではないのですが、私達が国々弟子とする影響を与えようとするなら経済が必要ですし、確かに「経済」もその中の一部ではあります。旧約聖書では神様の祝福は経済に現れましたし、新訳でもイエス様が話をしています。
しかし、ポイントは「主権ーロードシップ」誰が主として立っているのかという事です。

3つのたとえ話をマタイ19章、20章から見て見ましょう。

裕福な青年が、イエスのもとに来て、「永遠の命を自分のものにするためには何をしたら良いでしょう」と尋ね、イエスが答えたとこに彼はまた「そのようなことはみな守っています」と答え、イエスは「あなたが完全になりたいなら、持ち物を売って、貧しい人たちに与えなさい」と答え、青年は悲しんで去ったとあります。
しかし、イエスは同じことをザアカイには求めませんでした。彼は主税人の頭で、不正によって多くの富を持っていました。しかし、ザアカイは自分から、「私の持っている富の半分を貧しい人に与え、私が盗んだ人からは4倍にして返す」と言いました。富の全部ではなく、半分です。イエス様は同じようには要求されていません。ザアカイは「自分から」それを決めました。

ペテロは27節で、「私達は何もかも捨てて、あなたに従って参りました。私たちは何がいただけるのでしょうか」と聞きました。イエスの答えをマルコ10:29から読むと「~私のために、福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、畑を捨てたもので、その100倍を受けないものはありません。今のこの時代には家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠の命を受けます」とあります。今の世での、報酬が多く欲しいですか、それなら税金も多くなりますね。迫害はそのようなものです。

またブドウ畑の主人と労務者の例えでは皆が同じ1デナリを受けたので、十二時間働いた人は「ちょうどの賃金」をもらい、たった一時間働いた人は「呆れるような恵み」をもらいました。
主は「祝福、繁栄ー100倍」によって、私達を殺したくないので、信頼できる人、高潔な人々を探しているのです。
この箇所では「賃金」の話ですが、これは「報い」として私達がしたこと全てに対して後に受けるものとは、異なるものです。これは「今の世」でのものです。
今の世では、「ちょどの賃金」と「呆れるほどの恵み」を受けるのです。それは私達が「妬み」や「プライド」を持たずに、自分が「ちょうどの賃金」をもらった時に、あなたの親友が「呆れるほどの恵み」を受けていることを見ながらも、祝福し、共に祝うことによって、「妬み」や「高慢」から守られる、神が信頼できる人とされる訓練です。

日本語音声:

英語動画(要登録):http://www.bethel.tv/watch/4665/true-lordship-sunday-am/2017/04/23
英語音声:http://podcasts.ibethel.org/en/podcasts/kingdom-abundance-1-true-lordship