Walk and Pray – Bill Johnson
同時通訳:相馬伸子

イザヤ60:1−3、イザヤ61:1−4、ヨブ29:6
私も昔は、ユースグループの一員でした。
アメリカではヒッピーの時代で、ドラックや、性的な不品行がものすごくはびこっていた時代でした。
その時にはウィバーベルという町でしたが、私のユースパスターは、祈りの人で、私たちにも、祈りの恵みを分け与えてくれました。
祈りや、賛美の集会、神様を心と思いを尽くして愛することを私たちはしていました、17歳ぐらいから23歳くらいまでの20人ぐらいの、小さなグループでしたが、自分達の世代、町、アメリカに神様に働いてくださるように夜中まで、賛美や祈りをしていました。

ある時に、街の中のある店の駐車場が、違法な麻薬の売買、使用をする人達で混雑して、それが「いつでも」というような状態になっていた時がありました。
ユースパスターと、私達若者は、一緒に夜中に車でその場所にいき、駐車場で、賛美し、祈りました。当時は、知識がなかったので、祈りが歴史を変えるような事だとは知らないし、神は祈りを聞いてくださるという事、子どものよう信仰でした。結果は、その金曜日の次の日から、その駐車場で麻薬の売買が、ピタッとなくなったのです。

ヨブ記には、不思議な記述があります、「私の足はバターでしたたっている」というものです。
「足」とは、どこかに行く事を示していますね、また、足には「平和の福音の備えをはく」事です。また、ヨシュア記でも「あなたの足の踏むところは私があなたに与えている」ともあります。私達が主を礼拝して、臨在の中にいる時に、聖霊様を油のようにイエス様が塗ってくれるようです。

私達が、どこかに行く時に、聖霊様の油注ぎによって、足が着くところから、油が滴り、行ったところに聖霊様の臨在が残るのです。自分達がそこから去った後にも、油はそこに残るのです。

私は買い物が好きですが、いくつかの店には健康食品や、健康関係の品と共にニューエイジのような品々のあるところがあります。でも、私はその店に買い物に行き、店主と話をしますが、ある時に「あなたが店に入ってくると、何かが変わる」と聞かれたことがあります。もちろん、私以外の信者もこの店には来ていると思いますが、私は店に入る前に「あなたの油注ぎを感謝します、この店を祝福します」と止まって祈ってから、確認してから入るのです。

街が変わる事、それは「祈る」事です。
祈りながら、歩く事です。色々な戦略を立てることもできますし、それらをしてはいけないと言っているのではありませんが、祈って歩いてください。

日本語音声:

英語音声:http://www.bethel.tv/watch/4818/walk-and-pray-sunday-morning/2017/06/25
英語動画(要登録):http://podcasts.ibethel.org/en/podcasts/walk-and-pray