Fully Present – Paul Manwaring JAPANESE
同時通訳:相馬伸子

ルカ4章16−20

「福音」という言葉をイエスが語られた時に、これらの他にいくつかの言葉は「教会用語」ではありませんでした。例えば、「使徒」や「教会」という言葉さえも。
「福音」とは、主に戦争が終わった時に、「敵が打ち負かされた」ということを告げる「良い知らせを告げること」でした。
また、王であるなら、誕生日に恩赦を出すことや、王が、過去に決断された事柄を変更することができるような「宣言」「アナウンス」を良い知らせ、福音と言っていました。イエスキリストの福音は「敵が打ち負かされた」であるので、自分の「過去」が変えられ、今が改善し、将来ももっと良くなる、そのような福音なのです。

私達は今日、ここに皆が、「過去や歴史」を持ってきています。それは個人だけに止まらず、街や、家族や国の歴史です。
それは「遺産」ということもできるでしょう。

前回のサッカーのワールドカップがブラジルであった時に、私は末息子と一緒に14日間の旅をブラジルでする事にしました。2週間ずっと一緒に過ごしてきました、こんなことは以前なかったことでした。それは、一生に一度あるかないかの、「父と息子」の旅でした。それは私と息子の関係を全く変えてしまうものになりました。息子は「リオに寄ってイエスの像を見たい」と思っていたので、妻はそれを聞いた時に即座に飛行機のチケットを変更して、最初の予定にリオを加えて行ってきたのです。

もし、飛行機の変更をしないで、リオに行かなかったら、この旅の事を思い出すたびに「なぜ、自分は息子の願った事をしなかったんだろう」と後悔をしたはずです。

私達には「過去」「現在」「未来」があります。
過去は「歴史、証、勝利」があります。でも「後悔」はそこから勝利や証を見えなくし、神の贖いの計画を見えなくします。過去の事は歴史ですから、私達は歴史の上に立って「現在」があるのです。過去の事を考える時に、勝利や証し、贖いの視野を持たずに過去を思い出す事をしてはいけないのです。

「将来」の話はどうでしょうか?将来は預言によって、「建てられる」ものです、まるで、地図の上に印があり、そこに向かって進む事を教えているようです。しかし、もし将来のことを思う時に、「恐れ」があなたにやってきて、あなたの預言があなたを励ますどころか、「あんなに偉大なことをどうやって達成しよというのか」と心配や焦りを持つなら、あなたは「神様のいない将来」を想像しているのです。

神様はすでに「将来」にいて、そこから下がって今の私達に「預言」をされて、私が将来(預言によって語られたこと)に到着するために、導き、助け、教えて成長させるのです。そして、「あなたの将来はとても良いものだし、あなたという「人」もその場所に到達する間に成長しているんだよ」と私達に語られるのです。

「現在」は過去と未来の間にいますが、もし、「はじ」「競争」「自分を疑うこと」があるなら、あなたは現在にいても、「隠れる」ので現れることができないのです。

今日ベテル教会の礼拝に参加している方で、多くが外国から来られて、外国に戻るでしょう。あなたの育った所に戻る人が多いでしょう。ルカの4章16節のように、「自分の育ったナザレに行き、いつものように安息日に会堂に入り、朗読しようとして立たれた」とありますが、あなたがたも、そのように「自分の育った所」帰っても、しっかりと立ち、あなたの上に主の御霊がおられるようにイエスの御名で祈り、送り出します。

英語動画(要登録):http://www.bethel.tv/watch/5029/sunday-night/2017/11/05

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