Warfare 101 – Bill Johnson JAPANESE

第2歴代誌20章、

「戦い」の話をする時に、これは「人間と人間」「あなたと近所の人」のような図ではなく、その後ろに働いている「力」に対してのものです。
例えば、「悪霊によって作られた考え方」のフィルターを人が使って、その人の思考に影響を与える、文化や価値観に影響を与えるのです。
血と肉に対してではなく、霊的な力、主権や力に対しての戦いであり、見えない領域のものが人に影響を与え、そこに戦いがあるのです。 

ヨシャパテの話をします。
彼がイスラエルの民をユダで導いていた時に、多くの国々がまるで連合国のようにして神の民に対して反抗して来ました。
そして、イスラエルの民の軍隊と、連合軍の軍隊の数は、比べ物にならないくらいで彼は「恐れて、ただひたすら主に求めた」とあります。
また、7節ではこう書かれています「とこしえにあなたの友アブラハムのすえ」とありますが、どうですか?「永遠に神の友」とアブラハムは言われているのです。

またユダの民は全員が主の前に立っていたとありますが、民の全体が主の前に出る事、集団で、集会をすることには個人で体験することができない事を体験するのです。
もちろん、誰も「神の孫」はいません、仲介者はいなくて、それぞれが個人的にイエスを通して天の父につながるのです。
でも、ここでは「集団」「民全体」が集まることの大切さを感じます。
私の友人が、牧師として働いていた時、集会で聖霊が働き始めると、「今日子ども達を連れて来た人は、母子室から子ども達を連れて来てください」と言ったのです。
泣いていても、音を立てても関係なく、子ども達を神の霊の臨在の中に置いて、臨在を体験させたのです。

15節で「恐れてはならない」と神が言われますが、神の言葉は力があり、神の言葉、宣言は私達がその言葉によって、「能力と恵」を受け取るのです。
まるで、恐れてはならないという言葉が、聞いた人が「恐れない能力と、恵み」を銀行の ATMで引き出し、その人の財布の中に入るようです。
宣言、祈り、賛美、歌、叫ぶ事は、天の領域にある神の本質と地上をつなげることができます、2つのものを一つにするのです。

2つの選択が与えられます、一つは子どものように受ける「安息」であり、もう一つは「激しく奪う」ことによって神の国が広げられること。
どちらを選ぶのか、わかりません。その時で違うのです、ですから一つを選び、それをし続けて変化がなければ、もう一つを試してください。と励まします。

日本語音声:http://www.onfirejapan.com/mp3/2018-6…
英語動画(要登録):https://www.bethel.tv/watch/7169
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