同時通訳:相馬伸子

2コリント6:17、マタイ5:14、15 マタイ28:18、19 ダニエル7:9〜27

現在は変革する神のシリーズでもありますが、今日はベテル教会や私自身のキリストにある人生の旅から少し話したいのです。
私はジーザスムーブメントの中で救われましたが、そのムーブメントでは携挙について、携挙がいつ来るかということが強調されていました。
ですから汚れから出ること、離れること、世に触れないことが教えられていました。もちろんジーザスムーブメントの中心は愛であり、素晴らしい愛がありましたが、同時に終末論によって沢山の恐れが信者の中にあったことも確かです。もちろん終わりがあることは私も信じています。もちろんです。

当時は「携挙が自分たちの時代にある事を土台にした考え方」があり、それは教会や個人的な生活に大きな影響を与えていました。
私たちはベイビーブーマ時代に生まれましたが、結婚しても子どもをもたない人が多いのです、それは携挙や獣の印か迫害かの選択を自分の子供達に与えたいか?
などど考えた事も理由にあるのです。

歴史を振り返ると、この時期は情報化時代の始まりでした。スティーブジョブズ、ビルゲイツ、ウィリアムジョイなど有名な会社、結果として社会を変革するのに多大な影響を与えた人達と自分は同じ世代です。グーグルや、FBその他の情報化時代を築いた会社の価値観や、文化は近代テクノロジーを築いていますが、反キリスト教の文化や価値が多いとわかると思います。その理由だと自分が思うのは、当時の教会の若者たちは携挙が来るから、世界は暗くなり教会が輝く時代だと信じていた為に、良い将来を希望する事ができず、反対に世が暗くなることを期待し、暗い世はイエスの再臨の印であると奇妙に喜んでしまったのです。将来が良いものだと希望できず、ただ暗くなる世界から神様が救い出してくれることを考えていたのです。ですから、社会にインパクトを与えることや、将来の事に希望と夢を
持つことができない影響を受けていました。 
 
しかし、主はわたしが世の光であり、あなたがたも世の光であり、山上にある家だから隠れることはできないと言っています。
聖書には世の光と書いてあり、教会の光とは書いていないのです。確かに世は暗くなりますが、光が教会という籠の中に隠れてはならなかったと思います。

もし、聖書に週末の時代の書かれていることを見て、この世は悪くなるからそれを邪魔してはならないと思うならそれは正しい解釈だとは思いません。
当時は自分も世界は近々滅びる、焼かれると思っていたので、自分の地域や人々に対して適切な影響を与えてこなかったのでそれを後悔しています。
しかし黙示録には「この世の王国は神の王国になる」とありますし、私たちの教会は「天を地にもたらす」ことが神の御心だと信じて実践しています。

Pastor Kris Vallotton unpacks the mandate on the church to bring light and the hope of Jesus to our cities and nations. In previous ideologies from Christian history, this idea that the rapture was coming so soon made the church pull away from the world because there would be no point in trying to influence a world that is dying. The church was operating out of fear when we are called to be the light of the world.

English Audio – 英語音声:https://www.bethel.tv/en/podcasts/ser…

English Video – 英語動画(要登録):https://www.bethel.tv/watch/9148