1コリント5章、6章
私達の時代、文化の中で非常な悪影響を与えている事があります。それは「私達の先祖は猿」という進化論です。それは、創り主はいない、だからデザインもない、目的や自分の人生に対して神に対しての責任を問われる事も無いという様に導いてしまいます。
創造主の造られた物は、なんでもありではなく、一方の流れに置いて「良く、実のなる」様になっています。ですから、神の方法を無視して、一時の快楽を選ぶ時にそれは滅びに終わります。神の方法を行わず、良い結果を期待する事は間違っているのです。
パウロが性的不品行に言及しており、「このような者をサタンの権能に引き渡したのです、それは彼の肉が滅ぼされるためですが、それによって彼の霊が主の日に救われる事です」といいます。彼は永遠の命の事を強調して、また性的不品行を犯し、それを悔い改めない信者を「あなた方の中から取り除かない事を悲しむ」とも言っていますが、これはその人が一時的に取り分けられる事で、「神様からの躾や訓練」を受ける事の為です。恵みが罪を覆ってくれるから大丈夫というような教えがありますが、恵みは義を行う為に私達を力づけるものであり、罪を助長する為ではありません。死ぬまで罪のライフフスタイルから自由でないなら、イエスがあなたの救い主ではなく、死があなたの救い主ですと友人がいいましたが、イエスの血潮は十分です。罪を持ちながら私達が生きる必要はないのですから、助けを受けて自由を得て下さい。私達信者は、神の道徳規準を不信者やこの世に用いて測るのではなく、自分たちをそれによって測り、模範としてあるくべきであって、聖書で人々を裁いてはならないのです。

セックスと体 Sex and the Body – Bill Johnson