「心・思いの一新」の事について長らく話しています。「一新された思い」を持つ時に、信者は神の視野,考え方を持つのです。イエスの公生涯の最初に「悔い改めなさい、神の御国は手の届く所にある」と言われましたが、その「悔い改める」とは「考え方を変える」ということです。
「一新された思い」はあなたの内側にある事、平和や勝利を外側の状況に対して広げて行きます。私達の内側にあるもの、神の御国が私達の外側の現実に影響を与えるのです。
イエスは船の中で嵐が来た時に寝ていました。そして嵐と湖を静めました。同じ様に私達は自分たちが寝ている事ができる様に平和をもっている所にしか私達の中の平和を解き放つ事はできないのです。
弟子達はイエスに「あなた達が群衆に食べ物をあげなさい」と言われました。イエスが、語ったなら、それをするための能力も一緒に与えられます。
変貌山ではイエスが「別の人」の様に見え、衣が「光り輝き」ました。超自然的です。一新された思いが、霊の領域を見て、考えていたのだと思います。イエスを見ていたので、3人の弟子にはこれはイエスだと分かりました。しかし、それのイエスは彼らがその時まで知っていたイエスではなかったのです。神の究極的な目的はあなたが改心する事ではなく、「主の満ち満ちた所まで、満たす」ことです。

一新された思い Being Transfigured – Bill Johnson