詩篇188:24 、哀歌3:22、23
「これは主が設けられた日である。この日を楽しみよろこぼう」
私達の教会、家族には「預言的」な文化がありますが、それを私は喜んでいますし、もっと預言するべきだと思っています。でも、一つ思う事は、預言的な文化によって「将来に起こる事」に焦点を当てすぎるのではなく「今、今日、自分が生きている日」に目を向けて生きる事が大事だと思うのです。
昨日には何もできませんし、明日はまだないのです。しかし、今のこの瞬間を生きる事が明日の土台を作るのです。あなたにとって最悪の時、一日でもそこから主は現れたいのです。そして「今、この日」は主がつくられた日なのですから、私は「喜び、楽しむ」ハッピーである事を大事にしています。私達の教会では「ハッピーな人がどれくらいいますか?」と集会の時に聞きますが、これは私達が確かに追い求めている事だからです。現実逃避するような不健康なハッピーではなく、主が造られ、目的と理由をもって造られた一日です。選択できます、するべきですね。
優秀さや高品質を持って物事を達成する事も、この教会の情熱ですが、今はそのなかにあっても、新しい神の流れ、聖霊の風を妨げずに新しい「未開の地」「誰も知らない所」に進む、変化の時です。ですから、時には「めちゃくちゃ」であり「見かけがよくない」時があるでしょう、それでも私達の季節はすでに「新しい、未開の土地」に入って行く時に変化したとおもいます。

今日がその日です Today Is The Day – Eric Johnson