箴言3:5〜12 
箴言の3章5〜12は私が子供の頃に祖母がいつも暗唱していた聖句なので、早い時から私の考え方の核になったのですが、今日はここから話したいとおもいます。5節、心でつかんだ事柄の方が思いの中にある事より影響があります。思い、知性を過小評価するのではないのですが、心にある事の影響は大きいです。あなたが自分で神の事を全て説明できるならそれはあなたの思いの中の神であり、本当の神ではないのです。いつも人生に「理解しきれない、わからない」神の事柄がある事によって私たちは信頼をするのです、信仰で歩むのです。
「自分の悟り」という事は、聖書箇所を使って、自分の意見を語る事であり、キリストの福音から外れる事もあるのです。たとえば、イエスはヨハネの福音書でぶどうの木、枝、実がならない枝は切り落とす、それは結果として実がなる為ですが、人々は神の言葉から自分自身の定義を作り、真理から離れてしまうのです。イエスは十字架で死んだのは私たちが罪から自由になる為です。だから2000年前に赦されたから、罪を犯して良いのではありません。そのような枝は剪定されるべきです。
6節、認めるという言葉は「体験、相互交換」的に知る事です。情報を本で読んで認識するというような意味ではありません。あなたが人生のどの領域においても
神を体験し、あなたの教師として現れていただく為です。
7節 主を恐れる事をある人は旧約の時代のものと解釈しますが、1ペテロなどにあります。そして神を恐れる事は、私達を神に近づけ、悪から離れ、それは
私たちの健康ををもたらすのです。体が弱い時に、病原菌などに触れないようにする事が癒す事になるように、私達も癒しが必要な時に、それに対して反対するような
情報や物事に自分を晒さない事は健康、また奇跡をプロセスでいただく事に導きます。
8節 箴言から健康に関する事を探してみてください。多くの事を見つける事ができます。
9節 初物を捧げる事は、人生のスタイルです。豊かさを神に期待するので、一番始めの収穫を主に捧げる。文字どうり神を一番にすることの実践です。
10節 私達が豊かにされることは、神がくださった計画と目的を達成できる為である。経済や資材がなくては助けること世代に影響を与えることはできない。
11、12節 父は子供を愛しているから叱る。聖書的なしつけは子供の益の為にされるべきこと。  

信頼することの力 The Power of Trust – Bill Johnson