ネヘミヤ8、9章
ネヘミヤ記は「再建」について書かれていて、神の癒しと回復が預言的に書かれている素晴らしい所です。ネヘミヤは王の前にいたが、エルサレムが廃墟となった事を聞き、悲しみ祈っていた。執りなしのいのりの力、インパクトは私達が「彼らの罪」と私達を分けないで、「私達の罪」として悔い改め祈る事にあります。
神の言葉が朗読された時に、あるものは泣き悲しんだとありますが、そこで祭司達は「悲しんではならない、今日はあなたがたの神主の為に聖別された日である」と言いました。私は「聖なる」という言葉と「悲しみ、罪責間、恥、祈り」などが同じパッケージにあると若い頃に思っていました。しかし、ここに恵みがあります。神はそのような方法で民を取り扱うのではなく、「まず、私の喜びを経験しなさい、あなたがたの力を主が喜ばれる」といって上等な肉、甘いワインを食べ、喜びなさい。民全てがそうできる様に、準備ができない人には準備した人の一部をわけるように語ります。そして、1週間宴会をします。そしてそのあと、9章の1、2節でわかるように「先祖の罪を告白する」事を導かれました。1週間の宴会と1日の悔い改めです。
この世では「喜びの感情や状況」がある時に「喜び、喜ぶ行動」をしますが、御国では「喜ぶ事を実践」するので「喜びの感情」がついてきます。私も自分の人生で
馬鹿馬鹿しく思われる様に喜んで、飛び跳ねて踊って主を賛美した事があります、人は「彼の人生は素晴らしくいっているにちがいない」と思ったかもしれませんが、それは自分に取って難しい状況のなかでした。喜びなさい、もういちど言います、喜びなさいと主が言ったので、自分は逃げたい思いや、感情をしっかりと治めて、簡単では
ありませんでしたが、喜びました。
素晴らしい喜びに満たされて、おかしくないのに笑ったり、笑いすぎて顔がいたくなった事を覚えていますか?多くの私達があのような経験を主がまた、与えてくれないかと待っていますが、あなたがそれを以前受け取った時に、鍵をもらったのですから、必要なら、もう一度入ることができます。
約束の地に入るのは、占領するためです。所有するのです。

喜びに本気になる Serious About Joy – Bill Johnson