箴言8:22〜31、使徒2:17〜18、ゼカリヤ1:18〜2:1 イザヤ61:3.4、ヨハネ15:13.14
箴言、使徒の聖書箇所でみえるように、神は「信者、教会」に神の霊を注ぐのではなく、人類全体、全ての人を愛し、心を向けています。そして、イザヤ61:4で「壊れた町の再建、復興」とあるように、私達の地上での神からの使命は「町」に影響を与える事です。神は「町」に心をもっているのは皆さん知っていると思います。
それはどのようにして行われているのでしょうか?あなたの人生を豊かに、生き生きとその町で生きることです、町に関心を持ち、繋がり、人生を与えることです。それはまるで普通の事ですが、それを神の御国が拡大することを信じて行うのです。
ゼカリヤ書から私は「職人」たちが悪の要塞(角)を恐れさせたという事を見てわくわくしています。彼らは祈りや、霊的戦いによって悪の要塞を恐れさせたとはありません。職人というのは「知恵と創造性があり、高品質な働きをする事ができる人」と言う事ができると思いますが。あなたの得意な事は何ですが?やってみて下さい。あなたはそれをとおして町にある「悪の要塞」を恐れさせる事ができるのです。
私は人が主を受け入れたら、まず奴隷として働き、その後しもべに昇格して、その後、80歳くらいでやっと主の友になるれるとは思っていません。進級するようなランクではありません。友とは深い意味があり、真の友であるなら、奴隷や、しもべであること無しには真の友はないでしょう。
現在の使徒的な流れの中で、私は神はキリストの体の友となりたい、キリストの体を友としていると信じます。使徒や使徒的な働きは「天の設計図」を地にもたらすのですが、これは「友」として主人の心を知る事なのです。奴隷やしもべは「命令された事だけをします」と生きているので、多くの人はこの新しい季節、「友」として与えられた計画に私達が自分たちの得意な事、できる事をして行く時に、天がその計画に協力してくれる事に難しさを感じるのですが、私が決断に対して強調をしているのはその理由なのです。
あなたは町、市に対して、友になりますか?

奴隷、しもべ、友 Slaves, Servants and Friends – Eric Johnson