ルカ9:46〜50 
ダビデとソロモンの時代の違いは何でしょうか?ダビデは戦争で侵略し、人を殺し土地を得ていきましたね。しかしその息子ソロモンは結婚をする事で、平和的に父ダビデが所有した土地の上に街を造り、社会ができました。この2つの時代の大きな意図的な変化を想像できますか?ダビデの時代の文化のエキスパートであった人は、ソロモンの時代には全く異なるやり方をしなければ、いけなかったのです。そのように、ここベテル教会、私達も今ソロモンの季節に既に入っているのです。
教会で使う言葉として「流れ」という言葉がありますね、これは自分達のグループや同じアイデンティティ、文化、土台的な価値をもつ者達をまとめて読んでいると思うのですが、今主が私達を導いている事は、この「流れ、小川」を「大河」に加えていることです。川の事を考えると、川には規則やガイドラインはなく、めちゃくちゃのようでも、「同じ方向に進んで行って、命がある」という事はあるのです。私達「小川」は「大河」に流れ込んで行きます、これは自分達の為ではは無く、私達の王イエスとこの世の為です。ですから、今私達が必要な変化は「同じ文化、土台的価値」を持たない「小川」を問題にせず、自分の持っている文化、土台的価値を握りしめることです。
ルカ9章46〜50では弟子達がエリート主義の考えを持った時にイエスがそれをすぐさま殺している事を見ます。弟子達は自分たちをエリートの様に、一番偉いものとして見たからです。しかし主は「あなたがたに反対しない者はあなたがたの味方です」と言われました。自分の文化や価値が他の人のものより優れていると思うなら、それはしたくなくても私の文化価値間が一番良いのだから、それでやってやろうとする操りになります。それは私達のする事ではありませんね。私と妻はここ数年、私達の教会とは全く異なる様な土台的価値、文化をもった人達と関係を作る事の中にいます。彼らは私達と同じ文化や土台的価値は持っていませんが、それでも私達は関係をたて上げる事を望んでいます。
コネクティブティッシュとは体の中でそれぞれの器官をつなぐ組織を言いますが、私達の間にも知恵やコネクティブティッシュを祈り、求めて行きましょう 

小川から大河へ Streams and Rivers – Eric Johnson