私達は相続を2つの流れから受け取ります。一つは「敬う」事によって、もう一つは「裁きや苦みを持ち続ける事」によってです。アブシャロムはダビデの息子であり、その名前の意味は「私の父は平和」でしたが、家族内の事件の故に苦みや裁きを持ち続け、父ダビデと平和を持つ事はなく、彼は父と王国を取り替えたのです。
私達も、神の御国の制服をつけ、御国を現しますといいながら、裁きや苦みを持ち続けるなら、反対の王国の霊と同意して、それの霊が働く事とパートナーしてしまうのです。聖書は私達が赦さないなら「獄吏」に引き渡すと語っていますが、それは「苦しめるもの」であり「苦み、裁き」が自分に点滴のように働き、腐敗される事を受け入れるのです。私達は赦しの中を歩く事が必要であり、クリスチャンだから聖書に従順に赦すだけでなく、正直になり、他の人の助けを借り、問題を対処して、天の父がその人や状況をどう思っているかを聖霊によって教えてもらう事が必要でしょう。

心から赦す事 Forgive from the Heart – Danny Silk