出エジプト19章、
恵みの話しをしましょう。
旧約は「古い契約であり、律法」そしてそれは神が人が達成できない命令を要求するものです。神がそれをした理由は、それによってのみ救い主が必要だという事が現されないからです。新約は「新しい契約であり、恵み」それは律法によって神からの好意、受け入れられる為に必須であり、また人類には達成不可能な戒めから、「すでに受け入れられ、好意を受けているもの」と私達を変えたのです。ある信者達は全てが恵みの下にあるのだから、神は私達になんの戒めも、ライフスタイルも望んでいないと思っていますが、そうではなく、私達はもっと、難しい戒め、教えのなかに置かれているのです。それは、「殺すな」から「隣人を馬鹿者と呼ぶ者はハデスの炎が」という意味です。恵みは自分ではできない神の教え、戒めを達成できる様にしてくれます。ある信者は旧約聖書は全て律法なので私達は関係ないと誤解していますが、知恵は十字架で何が、終わり、変わり、継続しているのかを求めます。終わったのは「罪のための血の捧げもの」であり、変った事は「安息日」であり、継続しているのは「ダビデの礼拝」です。イエスが完全な罪の赦し、贖いの為の小羊ですから、もう血は捧げません。安息日のルールは「安息に入る」事に変りました。
ダビデの礼拝は新約時代の教会の礼拝であると使徒の働きで書かれています。また、恵みは「神の御声を直接聞く事により頼む」ものですが、律法は「仲介者を得て、既に決まったルールのリストにより頼む」のです。

恵みは働くのです Grace Works – Bill Johnson