2コリント10:3〜5、エペソ6:14〜17、マタイ16:23
「強い要塞」の話をするならば、それは軍隊が隠れる事ができ、そこから戦いに出る事が出来る場所だと言いましょう。
城壁で囲まれた街を思い浮かべてくれたら良いでしょう。私達の思いが戦いの場所である事は、すでにみなさんが知っていると思いますが、それどのようにでしょうか?
2コリントの10:5に「さまざまな思弁、それは神が真実である事、神の知識に逆らって立つもの」とあります。「思弁」とは、想像、推測、考えなどですが、これは私達が神の思いの中にない事、私達や御国についてなど神の視野ではない事柄を思いの中にとどめる頃や、考えを巡らせることが、「戦い」でしょう。ですから、「要塞」とは、考えではなく、「考え方」「マインドセット」
なのです。 目の前にあることがらをどうやって「考える」のかなのです。私達が神の思いで無いことがらを思いに巡らせるなら、それが敵にとって「要塞」となり、隠れ、守られ、そこから私達に戦いを挑むのです。
マタイ16:23で、イエスはペテロを叱って「下がれサタン、あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」といいました。イエスは全ての中心です、そのようにして私達もデザインされているので、イエスが中心になければ、人類は本質的に悪霊的なものです。「人のことを思っている」というのはそういうことです。
エペソ6章には「神の武具」が書かれていますが、「救いのかぶと」とありますが、これは「救われた人、新生した者として考える、マインドセットをもつ」ことです。そして「信仰の大盾」があります。信仰によって敵の火矢を防ぎますが、もし、敵の火矢が大盾を貫いてきたら、どうするのでしょうか?「神の言葉の剣」を使います、これは短剣であり、盾から火矢を抜き取ることができます。イエスは40日の断食のあとに、私達に模範を示すために神の言葉を持って、応答されました。

戦いはあなたの思いの中 The War In Your Head – Bill Johnson