士師記20:18〜28 
士師記20章で、イスラエルの12部族の一つのベニヤミン族が女性を性的暴行を加えたあげく殺人し、それを悔い改めない事態が起こった時にその他の11部族は集まり、ベニヤミン族が犯した様な罪を国から消し去ろうとし、ベテルにのぼり、主に誰が最初に戦いに出るのか聞きました。主は「ユダが最初」といいました。ユダは賛美という意味で、私達の「霊の戦い」をここから学びますが、私達は賛美によって戦い、前進します。賛美は主に焦点を当てますが、私達の霊的戦いは敵、悪魔に対して焦点を当てる物ではないのです。
イスラエルは戦いに出ますが、1日目は2万2千人、2日目には1万8千人を失ってしまいました。しかし、彼らはもう一度神の前にでて、「私達はまた出て行って戦いましょうか」と聞いた時、主は「攻め上れ、私は明日、彼らをあなた方の手に渡す」と言われました。私達は勝利を自分達の状況の変化、改善によってはかりますが、主が異なった視野を持っている事を知っていますか?主はイスラエルの民が2日、敗北して、4万人失った後にも、「主の声に従う」事を願ったイスラエル人達を見て「勝利」を見られました。あなたは主に従って何かをして結果が期待通りに全くならなかった経験がありますか?あなたが敗北した後祈った時に、あなたは勝利しました。
神は私達に与え、私達が祝福を受ける事によって周りを祝福する為に、私達をその祝福、神の栄光臨在を管理する人格、許容量を建て上げる「過程」を通しています。憐れみの故に、私達が主の臨在、栄光によって破壊されないように、訓練され、育てるのです。祈りの答えが遅いと思っているなら、その時間はボーナスを貯めているのです。その為に「すべての事を用いて益とされる」の御言葉がローマ書にあるのです。

普通でない勝利 The Unusual Victory – Bill Johnson