創世記7:11 詩篇84:6 
神様は聖書の中で「自然の領域が先、次が霊の領域」である事を教えています。また例えを用いて語られますが、雨はなんでしょうか?聖霊の注ぎです。
創世記7:11に「巨大な大いなる水の源が、ことごとく張り裂け、天の水門が開かれた」とあります。これは、ノアの洪水のところですが、旧約の視野では裁き、滅亡でした。しかし、新約の視野で見ていると「回復、再建」といえるでしょう。英語の聖書では「巨大な水の深み、淵」とあるので、この水は私達の心の深い所をも指し示しています。私達信者が新生した時に神の事に対しての情熱をもって生まれてきますが、心の奥がその情熱、求める心、必要を見て神がそこで働く事ができる事を信じるゆえに、心が砕かれ、神を呼び求める時に、すでに天において神が行っている事を地に注がれるのです。
神様は必要に答えられますが、必要自体が神様の働きを解き放つなら、最も貧しい国は明日にも、もっとも豊かになるでしょう。必要がある事自体が神を惹きつけるのではなく、必要を見た信者の信仰に神様は引き寄せられるのです。祈りと信仰の行いのコンビネーションが必要です。ノアの時代に洪水の水が地上を覆った事を新約の視野で見るなら、それは主の栄光、御霊の注ぎが地上を覆うことであると信じます。ですから、主はそのような注ぐ事を与える事ができる器の人々を、求めています。詩篇84:6から見る事ができる事は、私達が涙の谷を人生で歩む時に、それは「砕かれた心」を持つ事になり、そこで賛美と感謝を捧げる時に、それは「泉」を湧き出させ、リフレッシュを与え、天からの御霊の注ぎによって水たまりができるほどになるのです。失望や、落胆の中でも主に感謝と賛美をささげましょう。それは結果的に私達の環境を変える事になります。私達の深みが砕かれ、現れる時、主が天からの雨を、御霊を注いでそこに答えてくれるのです。

深みが深みを呼ぶ Deep Calls Unto Deep – Bill Johnson