マラキ3:8〜11、エペソ4:28、ルカ16:10 
私の心にあり、燃えている事は皆さんが神様の計画、使命の中を、満ち満ちて行く事です。その為に私は動かされています。教会やミニストリーが大きくなる事でなく、大きな人を育てる事です。聖書の中には「繁栄」の原則があります、これを無視する事はできません。たとえ繁栄の教えを誤用している人々があるとしてもです。繁栄には目的があります、それは「神の御国」が拡大することです。
神からの祝福は内容に関わらず、全ては「金の子牛」を造る可能性はあります。私達が神の御国、神の価値、原則から目をそらしてしまう時です。
神様の原則の一つは「見える領域」の事柄で大胆に従順する事で、「目に見えない領域」に影響を与えること。それはマラキ3章にあるように十分の一献金を捧げる事で、霊的な祝福、私達が心から願っている事を受けるという事です。決してお金で霊的な祝福を買うのではありませんが、成熟する時には、代価を払う事が伴います。十分の一献金は地方教会、あなたの養われている教会にするとあらかじめ定められています、献金は自由にあなたの重荷のある所に捧げる事ができます。自分が食べたレストランで会計をしないで、違うレストランに支払いをする事がありえないように、十分の一献金の捧げ先は主によって定められているので、自分の都合で変える事はできません。
ルカ16:10から見る事ができるのは不正な富(この世の経済)をどのように取り扱うのかによってどれくらい真の富が任されるのかをはかる事ができるという事です。
箴言は教えています、富を追い求めてはならない、知恵を求めよ。結果として富をもうける。しかし、主により与えられた富、満たしを求めてしまうなら、今度は満たしと知恵も失ってしまうことです。これは私達が結果的に守られる為のテストになります。

目的のある繁栄:まことの豊かさ2 Prosperity With a Purpose: True Riches 2 – Bill Johnson