ヘブル11:6、ヤコブ 2:17、18  
礼拝という言葉を説明しようとすれば、多くの意味がありますが、私は「神の心を喜ばせる事」だと思っています。だから、それは関係です。人を最も深く知っている人はその人に最も影響を与える事ができるように、神様と私達でも同じです。経験、出会うこと。私は礼拝の事は、両親から多くの影響を受けました、説明されて知ったというより、その文化の中にいて、受け取った、吸い取ったようなのです。礼拝が神の心に喜びを与える事ならば、信仰が不可欠です、信仰なしでは神を喜ばせる事はないからです。信仰は、行いが伴うのです。信条を信じていると頭で知っている事が聖書的な信仰ではなく、「行い」で信仰を表すのです。自由の中を歩くにはどうしますか?恐れがこなくなるのではなく、救いによって、恐れの奴隷ではない事、恐れに従わなくて良い事を実践するのです。
礼拝はヘブル文化から、ギリシャ文化に変えられてしまい、多大な影響を受けました。ヘブル文化では「礼拝」は働く、仕えるという意味です、一定の場所、期間、時間でいけにえを捧げるというのはギリシャ文化によって受けた影響ですから、私達は皆さんにチャレンジしたいのです。今日 この場所から出た時から、24時間あなたのする事全てが主への捧げ物になる事をしてください、家族と時間を過ごす事も、レストランで食事をする時にも、銀行で支払いを済ます時にも、このような礼拝は 教会堂、教会という壁で囲われた所以上のものです。

礼拝ー信仰と自由と働き Worship: Faith, Freedom and Work – Jeremy Riddle & Eric Johnson