2歴代誌29章
ヒゼキヤ王はイスラエルの歴史の中でも、非常に大きな「改革者」でした。ダビデ王により、主に仕えた国が、その息子ソロモンによってもたらされた偶像礼拝によって
荒廃している時に国を受け継ぎ、国を改革したのです。興味深いのは、神は全人類を同じだけ愛しているけれども、ダビデはイスラエルの王達の業績を測るような基準として聖書に書かれているし、神ご自身の息子イエスが、「ダビデの子」と永遠に呼ばれる様にしたと言う事です。神の愛は全ての人に同じだけ与えられていますが、「好意」はそれぞれ異なるのです。好意は関係からうけるものです。そして「好意や祝福」は本人の為にではなく、周りの人達のために与えられます。もしそれを自分が受け取って、他の人に与えないならば死海のようになってしまいます、その命はなくなります。ヒゼキヤが国を再建した時に、まず祭壇を回復しました、人の住む町が先ではなく神の住まわれる所、礼拝/臨在を回復して礼拝する事によって、感謝の心と豊かに与える事の回復があり、それによって主が国を繁栄させたのです。ヒゼキヤが主に多大な信仰を持って、敵に対処したので、周りの国々はイスラエルの神を礼拝するためにヒゼキヤ王に捧げものをした。
王は後にそれら全ての宝物を敵のリーダーに見せたが、それは「自分の力を誇示して、自力で繁栄する事に働きかける」をした事であり、それによってイスラエルは敵の狙う国となった。これは「感謝の心」を無くし、プライドがはびこる時におこった。ヒゼキヤが死の宣告をせされ、神のあわれみによって15年延期されたが、その時にイザヤが預言した「裁き」の言葉への応答は「自分の行きている間に平和があればよい」と子孫達の事を繁栄される心を全く失ってしまった。

祝福の中にあるチャレンジ The Challenge of Favor – Bill Johnson