ヘブル13:15、16節
神は「祭壇の上の捧げもの」の上に降りて来る。捧げものとは何か「くちびるの果実」と「善を行う事」と「交わり」がありますが、これを絶えず神に捧げる事は「神によろこばれるいけにえ」であり、私達は祭司として炎を祭壇の上に保つ為、祭壇に何かを捧げ続ける事ができます。
「ささげもの」は「犠牲を払う」事であり、選択であり、契約を神と結ぶ事である。時に、「自分の感情」では賛美したくない時にも、私は自分をしたがわせて神の言葉を宣言し、預言を読み、踊り、神を誉めたたえ、打ち破りを得ました。賛美は「捧げもの」なので「犠牲を払う」領域に入る。神の炎が下る為に自分を生きた捧げものとして生きるライフスタイル。

神のムーブメントを保つ Sustaining a Move of God – Bill Johnson