ハガイ2;9、ヨブ記42:10 
神様は「回復」をされる神であり、これはご自身の「人格」であり、終わりの日に知られなければならないものです。神様が約束しているのは「神の良さが終わりの日には地上に神を畏れる事」がもたらされる。ということです。神の「良さ」「回復」はまるでスキャンダルのように、あってはならないような、ありえないような「善意」があり、パウロが「めぐみが溢れる為に罪を犯すべきでしょうか?そうではない」
と言っています。神の回復というのは、最初よりももっと良いものとされるのです。
たとえば、ヨセフの人生もみてください、彼は兄弟達に奴隷として売り飛ばされ、嘘の情報で捕まり、牢獄に入れられ、しかし結果的にはエジプトで2番目の地位になり、治めました。かれが自分でそれを達成しようとしたならば、もっと時間がかかっても出来なかったかもしれませんが、ヨセフの人生は「神の贖い、回復」の人生です。
ハガイ書にあるのは「のちの家の栄光は今よりも大きくなる」事です。これは神殿の事を語っていますが、究極的な最後の神殿は「私たち信者」なのです。私たちが新生するのは最初のターゲットで、それはキリストが私のうちに内住されるという神様の計画の成就の為の為です。
ヨブは人生から全て取られた時、数名の助言をする友人が来て、ひどい事を長時間語り、裁き、間違った裁きをヨブにもたらし、苦難をヨブにもたらしました。しかし、最後に主が現れ、助言者友人たちをしかり、ヨブにささげものを持ってきて、ヨブに祈ってもらうなら私はそれを聞こうと言われました。神はヨブの人生を回復しますが、その過程で、ヨブをひどく苦しめた友人たちを赦し、祈る事を要求しました。赦しは神の回復を注ぐ場所を作りました。祈った後、神様はヨブの持ち物を2倍に増されました。回復されました。

神様の心は回復する事 God’s Heart is Set on Restoration – Bill Johnson