ローマ15:4〜6、13〜14,17〜19 
私の願いは「聖書を読むこと、神の言葉に対しての飢え渇き」を皆さんの心に掻立てる事、そして「生徒」ではないという方を「生徒」である事にすることです。私は若い時には、本を読む人ではなく、また良い生徒でもありませんでした。しかし、ある時に情熱をもって主に私の人生を捧げる祈りをしてから、ローマ書についての事が書かれているある本を読みましたが、非常に驚きました、なぜならその本に書いてある事が聖書のローマ書にあることだと思えなかったのですから。その時からみ言葉への飢え渇き、聖書を読む事への情熱は変わりません。
最近娘と母にそれぞれ危機的な状況があった時も、私は聖書にやってきて、この命であるみ言葉を確認して、妻に携帯で連絡して彼女を通して一緒にいた娘の状況に宣言と祈りをしてもらっていました。私たちのうちにみ言葉を貯めることは、必要な時に、貯水池から水を汲んで必要を満たすようなことです。あなたが主から飲んだ飲み物はあなたの内で水の流れになり、周りを潤すことができるのです。
み言葉は私達を「忍耐と励まし」を与え、「希望」を与えるのです。最も大きな希望を持っている人が最も大きく影響を与える事ができるのです。また神の言葉を聞く事で信仰が与えられ、また喜びと平和も来るのです。
「聖霊の力」とある事に注目してください、これは「言葉」だけでなく「行い」(力の現れ」)によってパウロが働きました。彼は知性、教養があり、雄弁でしたが、それだけでなく「御霊の力」によって、成し遂げました。近年の欧米文化では、体験によって学ぶより、知識として情報を教えることで資格や勉強になりますが、ヘブル文化では逆なのです。ですから、言葉だけでなく力の現れが必須です。言葉だけでは福音ではありません。私達信者の特権はこの全知全能の神を知らない人たちにこの「言葉と力」を持って紹介することです。み言葉を宣言するときに、語るときに聖霊様ご自身が承認し、バックアップしてくださいます。 

聖書を愛すること I Love the Bible – Bill Johnson