第一列王記4章、イザヤ60、
私達は、周りからの影響が全くなく、ただ神からの働きかけによって救われるのではないでしょう。興味深いのですが、弟子達は、最初に信じたのではなく、最初に「属した、一員になった」そしてその中でイエスによって影響を受けて、信じたのです。大宣教命令で「出て行って」という事は大事ですが、その裏側の視野として「来る事ができる人、場所」であることが必要です。それは、地の塩、世の光、パン種のようです。周りに影響を与えて、システムの中から変化を与える者です。ソロモンは「知恵」を神から与えられ、その知恵は周りの王や、国々がやってくる目的でした、「神の知恵」はこの世が心から求めているものです。
イザヤ60章は、今私達に与えられている事です、主の光は既に来ました、その後には光は来ないのです。ですから、預言者からの預言や、確認や、開いたドアがくるのを待ち続けないで、今有る所で立ち上がってください。また、「傷ついた者や痛んだ者」は最も簡単に拒絶してしまう人達ではありますが、その人達が「建て上げる」人達なのです。そのような人達に価値を見る事ができた時に、街が回復する事ができるのです。「博愛の動き」があります。それは正しい霊によって貧困の霊を打ち壊すことです。貧困のサイクルを打ち壊す事は大金を使えば変る事ではないのですが資源も必要です。信者が与えられた富、好意、権威をどのように取り扱うのか主が見ています。
また、信者が祭司である事も覚えてください。旧約では「祭司に将来的にされる」と書かれていますが、1ペテロではすでに「祭司である」と書かれています、祭司とは神と人に仕え、また神と人を現す働きをする役割の事です。

街を神の方法で建て上げる Building Cities God’s Way – Bill Johnson