ユダ書1章:ユダ書のような聖書箇所は「しっかりと堅い肉」のような御言葉で、ミルクのような誰もが受け入れやすいような心地よい御言葉とは違う。しかし、「しっかりとした肉の御言葉」は私達への矯正というより、私達が清められるためのもの。神が罪を名を挙げ、リストアップしているが、殺人、姦淫、文句、不平を言うもの、へつらうもの(ごますり)などありますが、なぜ、「不平を言うもの、ごまするもの」がリストにあるのか?それは言葉には非常に大きな力があるからです。また、コラの子というのは 、真理を誤用したため、主の裁きにより、大地が口を開きこの一族が飲み込まれました。
なぜでしょうか?それは反抗的な心で真理を誤って用いたのです。素晴らしい約束は神が私達を「つまずかないように守る事ができ、傷のないものとして、栄光の神の前に立たせる事ができる」です。そしてその約束が成就される為にも神は私達の側の仕事を先に語っています、それは「神の愛のうちに自分自身を保ち」という事です。
神と人の共同作業であるのです。

警告から約束へ From Warning to Promise – Bill Johnson