2コリント5;15〜17 ガラテヤ5:1 
祈りによって私は自分の間違った神学に気がつかされるのですが、皆さんはどうですか?今まで「神様 私の人生のあなたの御心はなんですか」と祈った事はありますか?そうです、それです。
2コリ5:15を見てください、あなたは既に「自分」ではなく「キリスト」の為に生きる者とされたのです。ですから、あなたの人生は「あなた」の為ではなく、主イエスの為に生きる事が神様の御心です。これは、自分の肉との葛藤だけではなく、特にアメリカや欧米の「自分中心」の文化においては、非常に難しいチャレンジです。自分中心である事が日常であり、日々語ってくる「自分が何をするか」が大事という文化の声に対して、逆行することです。
具体的には「肉によって、人間の基準によって自分の事をも、人の事をも見ない」事です、それは「あなたの中にある栄光の望みであるキリスト」の事ですが、人々をあなたの中にいるキリストを通して見る事であり、相手にキリストがいる事を見る事です。なぜなら「キリストの中」にあるのですから。全てが新しくなった人であるなら、奴隷から自由人にされたのです。ですから、自由にされた戦いの後の、自由であり続ける戦いにも勝利するのです。
私達は「神が陶器師であり、私は粘土」と言いますが、陶器師の仕事は激しい、力仕事です。粘土はまず、練られ、水を加えられ、高速で回るろくろに乗せられます。そして、周りが見えないような早さで、造形され、そして火に入れられます。火で焼かれていると感じるなら、その状況から逃れたいと思うなら、まず、文句を言う事を止めましょう。私達の人生も、火の中で「形を保ち続けられない」ならば、もう一度同じ工程を神様は歩ませるでしょう。あなたが同じような葛藤を繰り返すなら、その事を覚えてください。自分がこの工程を通る事は嬉しく無いですが、キリストの中にあるので、あなたの中にキリストが形造られる工程があるのです。それが神様の働きです。

陶器師と粘土 The Potter and the Clay – Eric Johnson