ヨハネ3章、エペソ1:17、18
イエスは永遠の神の御子が人の子となり、肉を持って地上に来られて人としていきましたが、これは私達普通のクリスチャンのライフスタイル、基準を作って下さったのです。これは普通のクリスチャンがこのように生きる事ができるということです。その為の招待状、召しを私達に神は下さっています。
イエスはニコデモ達にこのようにいいました。天の事を説明するのに、ある事は地上の事を例えて説明できる、しかしある事がらは全く地上にあるものでは説明できません。あなたががたの思いを広げる事無くてはそれを知る事ができません。ですから、「知恵と啓示の霊」によって信者が神を知る事ができるのです。聖霊が啓示をされますが、それは覆いを取ると言う意味です。私達は聖霊がこの神の言葉に命を与える事をより頼んでいます、それはマリアが聖霊により頼んでイエスを身ごもったようにです。
エペソ書の中で3つのクリスチャンの「姿勢」の事が書かれています。一つ目は座る、2つ目は歩く、3つ目は立つ。座る事は「静まる事」であり、主が私達を忙しさから出て、静まり神との親密さを体験する事を招待しています。歩くとは「召しの中をふさわしく歩く」ことであり、これは必要が全て満たされているので可能なのです。あなたは甦ったイエスの中にあり、イエスの甦りはあなたのものであり、父はあなたを名前で呼び、召した時に全ての必要をあなたに与えています。甦りのイエスにあなたが新生した時に生まれ入ったのです。
そのように父は私達を見ているのです。立つとは「福音の備えをはく」事によって堅くなります。ローマ兵の靴はかかとにスパイクがあり、たつべき地面にしっかりと刺さりました。同じ様に「福音を分かち合う、御国の知らせを前進させる」事によって安定性を持つことができます。

静まって座りなさい Be Quiet and Sit Down – Bill Johnson