Wrestling with God – Ben Wilson JAPANESE
同時通訳:相馬伸子

創世記32:22−32、エレミヤ33:3、詩篇24:6−10 

私はヤコブのストリーが好きです、いくつかの理由がありますがその中の一つは、彼が「完全ではない」ので、気持ちがわかるのです。
時々忘れてしまいますが、私たちは完全ではない所、状態から救われて、贖われるのです。

創世記32:22−32の箇所から話します。
ヤコブは「あざむくもの」と名付けられ、人々を欺き、欺かれてきました。それは彼に語れらた「呪い」や「束縛」でしたが、彼はそれを聞いてしまって、同意してしまったので、彼の持っていた祝福は、すべて「欺いて奪った」ものでした。 

しかし、ヤコブはヤボクの渡しを家族と家ちくを先に渡して、自分一人で残り、夜におきて、神とレストリングをするのです。
ヤコブは自分の持っていたもの全てと自分を分けて、自分一人で神の前に出るのです。
過激的な体験を神とするために、神はヤコブを準備したのです。リスクを取らせたのです。

ヤコブの心の叫びは、どのようだってでしょうか?私は「神は私を祝福してくれるだろうか?、私の父の神、兄の神である方は、私の神であるのか?」ということだったと思うのです。ヤコブは「欺く者」と呼ばれ、そのように生きて生きたので、彼の持っていた祝福は、彼自身のものではなく、兄から奪った祝福だったのです。自分は与えられないと思っていたので、競争して、戦って奪い取っていったのです。

私の世代のベテル教会に集っている人々も、先の世代が受け取った祝福と文化の中にいます。
ビルジョンソンの神、ベニジョンソンの神は、私たちのリバイバル集会でも力を持って現れてくれるのか?
私達も体験をすることが必要です。 

ヤコブは、夜明けまで、神と格闘します。 
しかし、神は「私を去らせよ、夜があけるから」と言いますが、これはヤコブに対する招待状でした。
この時にヤコブは神が去らせよといっているのだから、といって去らせる事もできましたが、彼はそうせずに、「私はあなたを去らせません、私を祝福してくださるまでは」と言い、結果、新しい名前と、祝福をもらいますがその間には「あなたの名はなんと言うのか」、「どうかあなたの名前を教えて下さい」のように会話があるのです。
これは、親密さであり、関係です。親密さ、関係のためには、会話のように相互で聞いたり語ったりするのです。

ヤコブはその名前のゆえに「自分は主の祝福を受けることができない」と信じていたので、頑張って、自分で人を欺いて、祝福を得ようとしていました。それは孤児のマインドセットであり、事実は神は最初からヤコブを祝福しようと計画していました。 

あなたはどのような名前で呼ばれてきましたか? 
それらの束縛や、呪いを捨てて、神との過激で強烈な体験を求めていますか?その情熱や飢え渇きは、あなたのものではなく神が最初からあなたが求めることで与えることができるように、あなたに与えているのです。 

詩篇24にあるように、私達の世代は「主の御顔を慕い求める」世代だと信じます。主の祝福で止まらず、御顔を求めるのです。あなたが、その為の心を神に開くこと、リスクとをすることを祈ります 

It requires courage to live a passionate life. Ben Wilson encourages us to hunger for more of God and to remind ourselves of who He is! God wants and will bless His children who seek His face.
Genesis 32:22, Jeremiah 33:3, Psalm 24:6-10

日本語動画:https://youtu.be/GsEL0HvlP0c
英語動画(要登録):https://www.bethel.tv/watch/7824