Words that Make Thrones – Bill Johnson JAPANESE
同時通訳:相馬伸子
イザヤ60:1〜3、62:1、黙示録21:21、エペソ4:29
今日話すことは、昨夜私が体験した一風変わった主の語りかけから来ています。
その体験とは、夜中の1時に私の思いの中に、まるで竜巻のように沢山の御言葉が流れ込み続けて来たものですが、約一時間でそれは終わりましたが、神様が語った事柄だと確信があります。
聞こえてきたフレーズは「城壁のある町でも門がなければ守りは完全でない」でした。
城壁とは「救い」」であり、賛美は「門」です。
そして救いは神されることであり、賛美は私達のすることなのです。
その事に感謝しています、自分のことを自分で救うことはできません。
城壁は救いなのですが、エゼキエル書には「わたしがあなたの為に炎の城壁となる」と書かれており、イザヤ62:1でも救いが「たいまつのように燃える」とあります。
黙示録の21:21には天の情景を見ることができますが、変わっています。
透明な黄金の道と、大きな真珠でできた門です。
真珠は真珠貝が不快感を感じるので、真珠を造るのですが、私達の賛美の門も自分が祝福され、全てがうまくいく時ではなく家族を亡くしたり、大きなチャレンジを感じる時にあえて主を賛美すること、あがめる事で作られます。
私達が地上で悲しみや痛み、混乱のなかでも捧げる賛美は、天では捧げることができない特別なものです、天では悲しみや痛みはないからです。どのような中でも私は賛美する事を選択します。
詩篇20篇では「神の民の賛美に主の臨在が住む」とありますが、賛美で主が王として私達に力を持ってくださるなら、文句や否定的な言葉を出している時、私達はどの門を開いているのでしょうか?
ある人たちは批判や裁きを口にしたり、ネットに書いたりしてそこに神の臨在がない事に長らく気がつきません。
神は私達に大きなご好意をくださっています、ですから責任も多く与えられています。
どのように言葉を発するのかは、自分たちがしっかりと見張る事です、無関心でいないでください。
心は命の泉が湧くところです、しっかり見張りましょう。
英語動画:https://www.bethel.tv/watch/8122
英語音声:https://www.bethel.tv/en/podcasts/sermons/episodes/428