同時通訳:相馬伸子

English Audio – 英語音声:https://www.bethel.tv/en/podcasts/sermons/episodes/563
English Video – 英語動画:https://www.youtube.com/watch?v=D_MXku2ZF7I

「リバイバルの為に払う代価」ビル・ジョンソン
Paying the Price for Revival – Bill Johnson JAPANESE

箴言14:4、27:7、ヨエル2:23、使徒の働き2章 

今日は「リバイバル」のことを分かち合うことで心からエキサイティングしています。
 
リバイバルの歴史を見るなら「ある一定の期間で終わる」ものと見えますし、実際にそのように語られています。
しかし、神の心から「リバイバル」を知ることなく、リバイバルは「その時にない物が注がれて教会が生き生きする」ことだということはできません。
神の心は栄光から栄光へですから、個人が変えられ、教会や街が、そして国の文化が変革されることがリバイバルです。
なぜリバイバルが短く終わるのでしょうか、しるしや奇跡の故に教会や人が自分で栄光をとり、神に全ての栄光を返すことをしなくなったら、リバイバルは終わります。

リバイバルには「反対者」もいます。著名のリバイバリスト達の時代には必ず反対者達がいましたが、彼らの人生は記憶には残っていません。
しかし、「じっと見つめているものには、十分な明るさの光も、反対の立場から見るなら不確かな明るさになる」ようにある人々は神の働きを見る時にまるでレストランの批評をするように批評をするのです。彼らは飢え渇きがないのです。
箴言の27:7 「満ち足りている者は蜂の巣の蜜も踏みつけ、飢えている者には苦いものも甘い」のとうりです、私は人生でこれを沢山見てきました。

リバイバルは外側に見える奇妙で力強い現れではなく、神は外側の力強い聖霊の現れを通して人々の内側に働くのです。
しかし神の働きには「奇妙」なことはいつもあり、神の民の心を明らかにする為にに気分を害するような事をあたえるのです。
人間の知性で測ることができず、思いでは理解することができず、しかし神の視野からの知性によって私達は見ることが必要です。

私が若い時にアルゼンチンでのリバイバルから学んだことは、アルゼンチンで起こっていたことは「熟した甘いリンゴの実」であり、レディングで起こっていたことは「未熟な青い小さなリンゴ」であることでした。
両方がリンゴですが赤くて甘いリンゴではないので取って捨ててしまうこともありえますが、私は自分が神から受け取ったリバイバルをよく管理することを切望しました。
私達は樫の木をくださいと祈る時、神がその種が入っているまつぼっくりを与えるのです。
私はリバイバルの種を受け取った時から、この為に生きているのです。

This message is part 1 of the series, God of Revival. This week, Bill Johnson teaches on the price of revival. Where we are going, not one generation can reach. We must embrace whatever it may look like.