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賛美:「心の目が見えています!」

「叫べ、全地よ」Shout to the Lord わが主 イエスよ 救いのきみ 主の愛 たたえる いのちのかぎり とりで ちから なぐさめ主よ わが霊 たましい あがめよ永遠に 叫べ全地よ うたえ 主の力と 栄光 山も海もふるえる み名のとどろきに 喜べ み手のわざを とわに愛し 仕える 全てに まさる イエスの愛 「聖霊様、ここへ来て」Holy Spirit You Are Welcome 何ものにも代え難い あなたにある生ける希望、主の臨在...

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「宗教の霊と罪悪感からの解放」

多くのクリスチャンは、罪悪感に縛られています。 罪悪感は、宗教の霊が人を操る方法です。 宗教の霊は、常に自分に目を留めて、自分の行動によって、神様に近づこうとすることです。 そうすれば、いつも自分の足りなさ、自分の失敗、弱さばかりを見てしまいます。 神様の前で、自分が足りているかいないかと、心配して、悩んで、また足りないと恐る人もいます。...

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「預言的な家族達を耕していく事」クリス・バラトン

Cultivating Prophetic Families – Kris Vallotton JAPANESE

同時通訳:相馬伸子

マタイ18:10、創世記4:19、使徒の働き21、2コリント5:16

ヨセフ、ダニエル、は夢の解き明かしをする事で、王の宮殿に入り、そこで用いられますが、彼らは、どのようにして「解釈」の仕方を学んだのでしょうか?学校はありませんでした。ヨセフは、アブラハムのひ孫ですが、アブラハムは夢を見、神様と出会う体験をしていました。イサクも、天使と格闘しました。ヤコブも霊的な体験や、神と出会う事などをしていました。ですからヨセフは家族の中で訓練されたと思います。

信仰は、すべての霊的な事柄が流れる川、高速道路のようなものです。

子供達を預言的な家庭文化の中で育てるときに実際的にできる事があります。1子供が神様からの夢で語られるように、一緒に祈り、朝起きて、「夢を見た?」と聞く。2子供達に「イエス様だったらどういう風に話すと思う?」という事を聞いてみる。3子供達にも、家の中での祈りの時間・ミニストリーに参加してもらう「神様がこの人に何を語りたいか受け取りましたか?」と聞いて、小さな子供であっても、神様から聞いて、分かち合う事があると期待をさせる。子供サイズの聖霊様はないので、大人と同様な聖霊様が子供達に働く。4奇跡の証を聞かせたり、奇跡を体験できるようなところや人々につなげる。 5子供達の人生に神の使い、みつかいを招く事を祈りによって教える。マタイ18:10で、子供には天使が一緒にいると書かれています。自分もまだ天使を保っているといいと思いますけど。6子供達を葛藤から締め出して、守らない。

子供達を預言的な家族の中で育てることは、「人間的な基準」で子供達を見ないことです。御霊によって、見ないならば、預言者サムエルが少年ダビデに油注ぐとき、長男のエリアブを見て、外見で「この人こそ、王となるのにふさわしい」と思ったように、自分の肉で知っているように、取り扱ってしまいます。進言は「子供がその人の行く道のための訓練せよ」と言っており、それは「親の思いや、観察から」ではない霊的な神様の目で見ないとできません。
創世記の4章には、レメクの子達は「天幕に住み、家畜を育てる」人の先祖、「音楽家」の先祖、「鍛冶屋」の先祖となったとあります。そのように同じ家族でも同じ召でなくても良いのです、それは使徒の働きの21章にある、伝道者ピリポの娘達は予言者であったということです。

日本語動画:https://youtu.be/VBmhTtTQ6LE
英語動画(要登録):http://www.bethel.tv/watch/4355/cultivating-prophetic-families-sunday-am/2016/11/27
英語音声:http://podcasts.ibethel.org/en/podcasts/cultivating-prophetic-families

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「ドアであるイエスを通って入る」ドーナ・デシルバ

Stepping through the Door of Jesus – Dawna De Silva JAPANESE

同時通訳:相馬伸子

ヨハネ14:5〜11
私達には、父なる神がなぜ、必要なのでしょうか?それは私達は父によって「アイデンティティー」を受け取るからです。もちろん、神様は三位一体の神様であり、イエスに祈っている時に父も、聖霊も聞いている事をもちろん知っていますが、なぜ、私達には父なる神が必要なのでしょうか?
イエス様がパブテスマのヨハネによって、水の洗礼を受けましたが、その時には天が開け、鳩の形をして聖霊が下り、天からの聞こえる声で「これは、私の愛するこ。私はこれを喜ぶ」と言われました。イエス様がこれを聞くことが必要であったなら、どれだけ私達に父から自分達が誰なのかを聞くことが必要であるはずです。

私達は「孤児の霊」を対処しなければ、なりません。多くのクリスチャンがSozoのミニストリーの為に私達の所にきます。罪との葛藤や、痛みがありますが、根は「孤児の霊」です。「自分が守られていない、助けを受けられない」というのが、孤児の例の印ですが、弟子達からもそれを見ることができます。例えば誰が一番偉いかを討論したりしています。クリスチャンであっても、日々父なる神との関係を作ることがなければ、孤児の霊を持ったまま、解決しないクリスチャンであることが可能ですし、教会の中には多くの孤児の霊を持ったクリスチャンがいます。

天の父のところにイエスによって導かれるなら、父は私達にアイデンティティーを語り、必要を満たしてくれます。イエスは天の父を完全に現し、代表した人です。Sozoの働きは天の父の所にイエス様を通していくことです。ある人たちは、地上の父によっての恐れや、傷でイエス様のところで止まっているのです。または、自分達の生き方が、神の御心にそっていないことを知っているので、父なる神には近づけないと思っていますが、もちろん罪はやめるべきですが、私達が清くなったから父の元に行けるのではなく、父の元にイエス様によっていくことによって清められるのです。

天の父の所に行くなら、私達の人生の本当の必要を満たしてくれるので、それは罪から自由になる、中毒や非聖書的なライフスタイルから私達を解放することになるのです。私達が、天の父を世に紹介して、まだ清くない人でも、イエスを通して父の元に行けるなら、父なる神様は解決に必要なことを語り、人々は自由になるのです。

日本語動画:https://youtu.be/jUpBeCi1XtQ
英語動画(要登録):http://www.bethel.tv/watch/4437/stepping-through-the-door-of-jesus-friday-pm/2016/10/28

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「奴隷としもべと友」エリック・ジョンソン

Slaves Servants or Friends – Eric Johnson JAPANESE

同時通訳:相馬伸子

ヨハネ15章、エペソ5:22〜33

今日は「奴隷としもべと友」というテーマです。
自分は、教会で子供の時から育ち、強い影響を受け、色々な体験をして、強く教会を愛しています。
教会は「最も困難に打つ勝ってきた」グループであることは、歴史が証明しますが、どのような運動が世界で教会を根絶するために起こっても教会は打ち勝ってきました。独特で、変わっていて、時に奇妙ですが、美しいものです。

教会はキリストの花嫁、そしてキリストが花婿と現される時に、特に男性が花嫁の意味にしっかりと繋がることができない事があります。「親密さ」とは「自分の最も隠されていない姿を誰かと分かち合う」事だとも言えますが、多くの時西洋文化の中では「性的な関係」という意味に通訳されてしまっています。自分の事を結婚するための交際を妻と始めた時から、全く異なる視野で見ることになりました、そして子供達が生まれると、さらに異なる「親密さ」自分の本当の姿が家族に知られることになるのです。自分が思っていたより、自己中心で、わがままであることが
わかり、分かられます。

奴隷とは、主人と何の関係もなく、住居も離れています。権利も意見もないのです。しもべは少し異なり、もしかしたら、少しの接点があるでしょう。主人の家のはじにしもべの家があるかもしれません。しかし、友は全く異なります。ヨハネの15章では英語では全く知ることができない、コミュニケーションの変化があるのです。イエスは「あなたを友と呼ぶ」と言われましたが、その時から、弟子たちに「たとえ話や、比喩を使う」話し方から、「シンプルに、はっきり分かるように語る」方に変わりました。

奴隷、しもべから友になるとは、どういう事でしょう。自分にいる「とも」とは、ある日急に「友達」になったのではなく、時間をかけ、自然になったのであり、話をするときもにどんどん会話が進むのです。自分の祈りは、ある時まで、自分の必要の事を話す事で、90%以上が成り立っていたので、それをしない事を導かれた時に、ほとんど神様と話すことがありませんでした。

今では「友情」が祈りの土台であると思います。

「真の友」であるなら、相手が危機にある時に、自分のやっている事を全て置いて、その友の必要を満たすために奴隷、しもべとなることができるでしょう。ですから、奴隷、しもべとなり、従順することを求めるのです。その道は近道はありません。神様が私たちをそのように すでに見ていてくれるのです。もし、あなたが自分は 今奴隷です、しもべですと感じても、それはその季節にいるということでしょう。でも、その季節がおわった時の事を考えてください。素晴らしいものです。

日本語動画:https://youtu.be/9CJRPBhNixs
英語動画(要登録):http://www.bethel.tv/watch/4294/slaves-servants-or-friends-sunday-pm/2016/10/16

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賛美:「恐れの奴隷でなく神のこども!」

今日の心理の宣言: 「恐れの奴隷でなく神のこどもです!神様の家族の一員です。」 No Longer Slaves 主の歌で解き放ちわたしを包む 敵からも救い出し恐れ、消え去る 恐れの奴隷でなく神のこども [2x] 初めから召し出され名で呼ばれた イエスの血で買い取られ神の家族 抱かれる父のみ腕に 包まれる自由の歌に 鎖から解き放たれ 子供とされた自由を叫ぼう 海を分ち、道を作り 恐れを愛で消し去る 救いを受けて、さあ、歌おう、神の子ども No...

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賛美:「真理はあなたを自由にします!ー 私でなく、私の内に生きておられるキリスト」

King of My Heart 私の王、逃れの山に、乾かぬ泉となってください 私の王、隠れる影に罪のすべてあがなってください You are good good , oh(主は良い、良い、方) 私の王 旅路の風に嵐のいかりとなってください 私の王、内なる炎、日々の命刻んでください You’re never gonna let, never gonna let me down 決して私を見捨てることはない No Longer I –...

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