誘惑、試練、葛藤、3日目

33歳

33歳

12月29日。
今年は一人で過ごす初めてのクリスマスでした。 日本で始めの2回のクリスマスは人と一緒に暮らしていました。それ以外のクリスマスはいつも家族と一緒に過ごしてきました。
なので今年は大変なクリスマスでした。特にクリスマスイブはとても寂しい思いをしました。
寂しさから逃れる為に元カレにメッセージを送りたいと強く思いました。それは誠実ではないことがわかっていても、ほんの少しの間でも孤独感から逃れるため、その瞬間だけ心を騙して抱かれているような気持ちになっていてもいいと思いました。 欲望はどんどん高まりましたが、午後11時26分、親しい女友だちの一人にメッセージを送りました。 午後11時40分、私がメッセージを送ろうと誘惑にかられていた元カレからメッセージがきました。 (これらの時間は正確です。メッセンジャーのチャットで証明があります!)

彼のメッセージは私にメリークリスマスと伝えることでした。しかし、このタイミングはかなり疑わしいものでした(まるで誰かが地球を歩き回って、孤独な心を誘惑して、お互いに一時的な偽りの慰めを見つけるようにしているよう)。もし話をしたとしても、そんなに「悪い」ことは話していなかったと思う、でもその夜、私の心はひどく不安定で、何かしらの安心感を求めていたことが分かっていました。神様が私を解放する前は、悲しい時に元カレと頻繁にチャットをし、望んでいるように大切にしてもらい「彼は私のことを本当に気にかけてくれている」と自分の心を騙して、気分を良くする為に彼らを利用しました。
将来の夫に愛されることを楽しみにしていますし、私の心を本当に大切にしてくれる人に出会えるのを楽しみにしています。
しかし、独身の間、私の心がイエスにものすごく大切にされ、愛され、抱かれていることを学び、これが真実であり、私の必要とするすべてに対して完全に充分に満たされている事を覚えて、心を育てなければなりません。どんなに健康的な結婚生活を送っていても、人間は互いの心の願いが充分に満足するように、絶え間なく完全に愛し合うということができないからです。私たちの心は、イエスだけに永遠の安心を見出すことを学ばなければなりません。だから、私たちはこのような瞬間に主に立ち返ることによって学びます。不快な感情の回路と結びつき、その不快感を紛らわす為にすぐ、目に見える短絡的な交際を求めてしまうと、自分の心が本当に満たされるとはどういうことなのかを学べません。それらの不快な感情の間も、イエスは来て下さり、その場所で私たちと出会い、心のケアをする準備ができていて、主は決して遅れることはありません。
しかし、先回りし、私たちに何か別のものを提供してくる人がいます:それはとても手っ取り早く、魅惑的なものです。しかし、そいつが提供するものは偽りでしかありません。外見はあなたの心に必要なものを与えることを約束していますが、それを開くと、全く虚しいものであることをあなたが気づいた時には遅すぎて、あなたの心は以前と同じように、または以前よりも虚しくなっています。本物を求めて頑張って!と心に言い聞かせます!心が弱っていたので、元彼のメッセージを数日無視しました、その後、メリークリスマスとメッセージしました!


9月17日。
昨夜、夜10時頃に駅から家まで歩いていて、アパートのすぐ近くでしたが、通りには他の人がほとんどいませんでした、そこに30代の男性がいて私に話しかけてきました。彼は日本語で「日本語を話せますか?今度一緒に外で夕食を食べませんか?あなたはとてもかわいい。」と言いました。夜遅く、アパートの近くだし、見知らぬ人との不思議な会話だったので、理解できないふりをして丁寧に断りました。

神様が私を解放する前は、男たちからの性的な注目が私の「食べ物」でした。そのために生き、それを求め、それによって満たされたと感じていました。この出会いの試みは、古い誘惑を確認されたようでした。彼の言葉自体は悪いものではなく、その褒め言葉を受け取ることに何の問題もありません!しかし、心の中には、おそらく罪のないこの言葉で満たされるという古い習慣に戻っていく可能性がありました。
私の心は、他のものからの安心を追い求める古い方法に戻るのではなく、イエスの中にだけしっかりとした土台を見つけなければなりません。


9月21日
ここ一週間ほどで、いくつかのことが心の中に積み重なってきました。今週は、新しい恋愛関係にある数人の友人の話を聞いて、私の人生にはまだ男性がいないまま34歳が近づいていて、あと3か月で10年間独身だと気づき、「パニック」になりました。土曜日、文字通り落胆の波に打たれました。床に崩れ落ち、泣きました。「お前の人生はどうなっているの?神はお前をここに置き去りにして、見捨てたよ。お前は人生を無駄にしてしまったんだ。」という言葉が思いめぐらされ、その重さに押しつぶされました。

ほとんど全ての聖書に記されている誘惑には同じテーマがあります。初めからずっとサタンが人間に囁きかけてきた同じセリフ。 「神を疑いなさい。彼の言葉を疑いなさい。彼の愛を疑いなさい。彼の忠実さを疑いなさい。代わりに、私に目を向けなさい。私はあなたが今必要なものをあげます。」私は神に従って日本にやってきました。船から出て、水の上を歩いています。でも私の目に見えるものは、神は確かに私を見捨てて、私をただ沈めるために、ここまで導いたの?
その考えは私をパニックの渦に巻き込みました。

しかし、イエスが悪魔の誘惑に対して、どう対応するかについての方法を与えてくれたことを思い出しました。神様の言葉で抵抗するのです。真理をもって嘘に対抗しましょう。そのような弱さの中で、どうにかして、パニックを起こす思いとは正反対のことを書き留めようと力を奮い立たせました。聖書には、神の言われたことを疑ったり、神の人格を疑ったりする誘惑に対抗するための御言葉が沢山書かれています。

何かがあなたの心を打つたびに、嫉妬の感情、不満、孤独、人生の時計が進んで行く事へのパニック…このような感情をも持ってイエスのもとへ行きましょう。そうせずに、それらが積み重なっていくと、だんだんと落胆の山の下に押しつぶされていき、悪者のばかばかしい嘘によって弱くなり、傷つきなりやすくなっていくからです。なのでこれらの落胆の感情をイエスのもとへもっていきましょう。

ちょうど1年前の同じ日、別れてからぴったり10年後に元婚約者と偶然出会った日だと気づきました。神が私の人生の過去の章を完全に終わらせるために、完璧なタイミングで驚くほどのアレンジをしてくれました。大切な1周年の記念日。

しかし主よ。
私はあなたに信頼し、こう申し上げました。
「あなただけが私の神です。
私の時はあなたの手の中にあります。
情け容赦なく追い立てる者の手からお助けください。
詩篇 31:14-15


このセクションの聖書箇所を通じて、人間が偶像に向かう傾向について、どんな事を学びましたか?偶像に対する神の気持ちについて、どんな事を学びましたか?偶像を崇拝する人に対する神の気持ちについて、どんな事を学びましたか?

「あなたを待ちます…あなたに走っていきます! あなたがどんなお方であるか、そしてあなたの私への愛を疑うことを拒否しますー何を感じていても、何を目にしても。 恐れと不信感の中で、一瞬でもそこにとどまらず、すぐにあなたに走って逃げ込みます。」

今日のテーマ:神を待つこと

 私は昼となく夜となく泣いては、 助けを叫び求めていますのに、 あなたは答えてくださいません。しかし、あなたはきよいお方です。 私たちの先祖の賛美が、 御座を取り囲んでいました。 あなたに信頼していた彼らを、 あなたは助け出してくださいました。彼らの叫びを聞いて、救い出してくださいました。 助けを求める人々を、ただの一度も 失望に終わらせなかったのです。‭‭詩篇‬ ‭22:2-5‬ ‭

主は、今度もきっと救い出してくださいます。 人々が生きているこの地上で、 再び主のあわれみを見ることができますように。‭‭詩篇‬ ‭27:13‬

‬‬いらだってはいけません。主を待ち望みなさい。 主は必ず来てくださり、あなたを救ってくださいます。 勇気を出しなさい。主を待ち望みなさい。 主はきっとあなたを救ってくださいます。‭‭詩篇‬ ‭27:14‬ ‭

訴えを取り上げてくださった主をほめたたえます。 主は私の力、あらゆる危険から身を守る盾です。 私の信頼に答えて、神は助けてくださいました。 心にわき上がる喜びは、賛美の歌となってあふれます。‭‭詩篇‬ ‭28:6-7‬ ‭

私は主をほめたたえます。 神は私を敵の手から助け出し、 敵が勝ち誇るのをお許しにならなかったからです。 ああ主よ。主は私の願いを聞き入れて、 元の健康な体に戻してくださいました。 墓の入口から、連れ戻してくださいました。 おかげで、こうして生きることができます。 主を信じる人よ。主を賛美し、 主のきよい御名に感謝しなさい。 主の怒りはつかの間ですが、 その恵みは生きる限り続きます。 たとえ、夜通し泣き明かすことがあっても、 朝には喜びが訪れます。・・・「ああ主よ、どうか私をあわれみ、助けてください。」 すると、神は嘆きを喜びに変え、喪服を脱がせて、 きらびやかな晴れ着を着せてくださいました。 墓に埋められることなく、 神に喜ばしい賛美の歌声を上げるためです。 ああ神、主よ。 私はいつまでもこの感謝の気持ちを忘れません。‭‭詩篇‬ ‭30:1-5,10-12‬ ‭

頼ることができるのは主おひとりです。 主が盾となって守ってくださいます。 主に信頼する私たちに、喜びがあふれます。 主よ、尽きることのない愛で包んでください。 あなただけが望みなのです。‭‭詩篇‬ ‭33:20-22‬ ‭

何が起ころうと、私は主をほめたたえます。 どんなときにも、主の栄光と恵みを人々に伝えます。 主の温かいご配慮のすべてを誇ります。 失意の中にある人々は気を取り直しなさい。 さあ、共に主をほめたたえ、 その御名をとどろかせましょう。 声の限りに私が呼び求めた時、 主はそれに答えて、 いっさいの恐怖を取り払ってくださいました。 主のなさることを見て、 私以外の人も顔を輝かせました。 もう、その表情は沈んでいません。 大声で叫び求める哀れな者を、 主は苦しみから助け出してくださいました。 主の使いは敬虔な人を守り、 救い出してくれるのです。 さあ、主に信頼しましょう。 そうすれば、どんなに神が恵み深いお方か 知ることができます。 神に信頼する人には恵みが雨のように 降り注ぐことを、 自分で確かめてごらんなさい。 あなたが主のものとなっているのなら、 恐れ敬いなさい。 恐れ敬う者には、必要なものがいっさい与えられます。 若く雄々しいライオンも、 時にはひもじさに襲われます。 しかし、主を敬う私たちに、 祝福が足りなくなることなどありません。詩篇‬ ‭34:1-10‬ ‭

主に信頼して人を思いやり、親切にしなさい。 そうすれば、この地に安住し、 成功を収めることもできます。 主を喜びとしなさい。 主は心の願いをみな、かなえてくださいます。自分のしようとすることをみな、主にゆだねなさい。 信頼する者を、主は助けてくださいます。 あなたの潔白は、だれの目にも明らかになります。 神は、真昼の太陽のように まぶしい正義の光をあてて、弁護してくださいます。・・・くよくよと思い悩んではいけません。 自分に害をもたらすだけです。・・・主は毎日、神を敬う人の善行をごらんになり、 永遠のほうびをお与えになるのです。 彼らは逆境のときにも、神に守られています。 ききんの年にも飽き足りることができるのです。・・・神を敬う人は救われます。 苦しみのとき、主は救いとなり、 とりでとなってくださるのです。 主は、ご自分に頼る者を助け、 悪者の策略から守ってくださいます。詩篇37:3-6, 8, 18-19, 39-40