注:次のセクション(27−35日目)は、性や性欲などについてかなり赤裸々な告白や内容が含まれます。どのコンテンツを読み、深く掘り下げるか、また読まないで飛ばすべきコンテンツなど、神の導きに従ってください。
多くのクリスチャンが、以下にある難しい質問に悩んできました。最も困難と感じる質問について、神のもとに行けることをとても感謝しています !
- セックスをしない状況で、自分の性欲はどうすればいいのでしょう?
- 神はどのようにしてこんなに長く、もしくは永久に私たちが性の営みをしないことを期待しているのでしょうか?
- この世は自分の性は「自分の権利」だと主張しています。独身であっても性的に自分自身を主張し、パートナーと、あるいは一人ででも『性の解放』を追求することを奨励しています。私は純潔であることを批判されたり、不健康だと言われたりしてきました。
- 1度目覚めてしまった性欲を眠らせるにはどうしたら良いのでしょう?性体験をして、その快楽を知ってしまったら(本来セックスはそのように創られたもの)、どのように、それを委ねて神に従順となり、性欲を自制することができるのでしょうか?
- 聖書は「欲望に燃えるよりも結婚した方がいい」と言っています(I コリント 7:9)。結婚したいけど、まだ相手がいない…。この時の神の答えは何でしょうか?
- 孤独感の中で、性欲が目覚めてしまった時には、どうしたら良いのでしょうか。
- いつ結婚するかもわからない、でも体は快楽を求めている時、自慰行為をしない踏みとどまることに意味はあるのでしょうか。でも、どうやってそれが可能?!独身時代の性欲をどのように自制したら良いのでしょうか?
- 私は「禁欲生活を送ること」を、命のない、乾いた石像のようだと捉えています! ローマ12章1節には、「あなたがたの体を生きたいけにえとしてささげなさい」と書かれています。 私は、自分の独身時代の性がどのように「生きた」ものなのか、目的に満ちているのかを知りたいのです!
- 私たち一人ひとりは、性という贈り物を持って創造されました。神は私たち、男と女を創造されました。この性という贈り物をどのように管理すればいいのでしょうか?
- 私は、女性が非常に性的であることを特徴づける音楽や映画を観て育ちました。このことが私にどれほどの影響を与え、私の価値観を形成し、セックスへの欲求が私の人生の主要なテーマとなっていったのかが今になってよくわかります。10代の頃、両親が私にミュージックビデオを見せないようにしていたのもよくわかります。このような現実の中で、そしていつまで独身なのかもわからずに「性欲が高まる」という現実の中で、私はどのように神を敬うことができるのでしょうか。
- 性的な領域で完全に癒され、他の人や自分自身、そして神を敬う道を歩むことは本当にできるのでしょうか?
追加したい質問はありますか?下のコメント欄に書き込んでください。 このコーナーを通して、この難しい質問に対する答えを、神様の心に求めてみましょう。
神は人間を性的な存在として創造されましたが、多くの人は長期間、あるいは生涯にわたって独身でいるという、一見矛盾した状況をどのように解決すればよいのでしょうか。そんな時、性欲について、何ができますか?性欲を自制しながら豊かに生きるためにどうすればいいでしょうか?
独身の間に貞操を守る大きな理由のひとつは、あなたの性欲を自制することを学ぶためです。この期間は、性欲があなたを支配することがないように、自制を身につける大切な時間です。
自制心がなく、管理されていない、なんの拘束もない性的衝動は、おそらく最も破壊的な暴力の1つです。
多くのクリスチャンは、結婚したら性における問題のすべてが解決されると信じています。しかし現実は、自制という難しい選択を今、学ばないなら、現在のあり方が、結婚初夜もそれ以降にも全く同じ形で続いていくのです。
独身のあなたが自制しきれない性的衝動を必死に歯を食いしばって、なんとかやり過ごし、「救い」は結婚式の初夜に訪れると信じているなら、要注意です!独身の時に自制できず、管理されず、拘束できない性欲は、結婚してからも続き、不貞行為を起こしたり、配偶者との強制的なセックスなどの壊滅的な状況となって現れる可能性があるのです。
あなたが独身でいる時も、体のすべての部分(例えば舌など)を自制すべきなのと同じく、性欲も自制し、イエスの主権(ローマ 6:12)に従う時なのです。それは不可能だと思いますか?私たち以前に、その欲求に勝利した完全な人がいます。イエスはこの地で生涯を通じて独身でしたが、罪を犯したことはありませんでした。それどころか、完全であり、足りないところがありませんでした。
純潔は自分の性欲を自制させるのを学びます。私たちの性欲が、決して神様と相手を敬うことに優ってはなりません。
- 自分の価値と相手の価値に気づくまで、私は情欲に支配されていました。自分の情欲のために相手を利用するのは、自分にとっても相手にとっても不名誉なことだと学んだのはその時でした。
- 情欲は相手を敬うより自分の性欲を優先させてしまいます – そして自分の性欲を満たすための対象として相手を扱ってしまいます。
- 情欲に支配された性欲は自分勝手で、忍耐がなく、相手を敬うよりセックスを優先させようとします。
- 純粋な性欲は身勝手ではありません。それは愛によって動機づけられています。自分を愛する様に相手を愛します。相手より、自分が優先ではないのです。純粋な性欲には忍耐があります。純粋な性欲は相手を敬います。結婚生活においても、純粋な性欲は配偶者を敬います。